月夜見

   “秋も深まり、物思い?”

      *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 

今年は 此処何年かぶりくらい、秋が来るのが早かった気がする。
夏の暑さは相変わらずで、陽が落ちてもなかなか引かず、
汗をかいたら水を飲めだの、生まものには気をつけろだの、
水際で子供らだけで遊ばせるなだのと、
例年どおりのお達しもさんざんに飛び交ったものの。
暦の上での秋が来たとて、
そんなもの何の足しにもなるまいよと、
まだ続くのだろ残暑を想い、
まだまだ先の話へ 前倒しでうんざりしておれば。
何の、朝晩がいきなりキュッと涼しくなり、
昔からの謂れどおりに一雨毎にその涼しさも固定してゆき、
大きな台風が続けざまに通り過ぎた後、
一気に秋めいてしまったものだから、

 「鎮守様のお祭りは そういやまだだったねぇなんて、
  大事な行事だってのに、うっかり忘れっちまうとこだったよ。」

昼下がりの一休み、
ご町内の見回りの途中で立ち寄ったウソップの言いようへ、

 「そうよねぇ。
  何だか もう
  早く冬支度しなくちゃなんて気分になりかけてたもの。」

縁からほんのりと温かそうな湯気の立ちのぼる湯飲みを卓に置き、
ここ“かざぐるま”を切り盛りしている女将のナミも、
似たような感慨だったか くすすと笑って見せる。
まま、こちらの場合は
暮れだの正月だのへの段取りも早めに見繕わねばならぬので、
そういう感覚になるのも判らぬではないが、

 「鎮守様のお祭りといや、
  神輿が新調されたんだってな。」

晩の部への下ごしらえも片付いて手隙になったか、
板前のサンジが調理場から出て来つつ、話へ加わるのもいつものこと。
残り物の芋と片栗粉を練って作ったらしいお焼きをお茶受けにと持ち出し、

 「腐乱木一家が張り切ってたらしいが、
  あの連中に任せると色々とからくりもついてそうでな。」

 「ふらんき…あ、ああ、あの連中かぁ。」

あいつら宮大工じゃなかったんじゃあ?
あら、でも神輿競走に凄いの作ってくれたじゃないのと、
ナミがあっけらかんと笑い飛ばし、

 「そっか、鎮守のお祭りといや、よそから見物にくる人も多いから、
  親分やあんたたちも忙しくなるんだわね。」

四季折々の風情も豊かなグランドジパングには、
保養や行楽にとよその藩から訪のう客人も多いため。
春先の千年桜への見物に始まり、
秋にはシモツキ神社の奉納祭りまで、
催し物があるごとに、街なかの賑わいも尚増すし、
そうともなれば、混雑のどさくさに紛れて
掏摸だのかっぱらいだのという不貞の輩も出没するがため、
同心の旦那がたから 岡っ引きに下っ引きまでと、
取り締まる側も忙しくなるようで。

 「で? 親分の方はどうしたよ。」
 「別の順番での見回りだ。」

あ、だからって
俺が眸ぇ盗んでサボってるって訳じゃねぇぞ、
でぇいち、サボりに関しちゃ親分だっていい勝負で、と。
訊かずもがななことを自分から言い出すあたり、

 “ちゃっかりしていても
  根が小心というか、正直者なんだよねぇ。”

そういうところまで似た者同士の親分子分だなぁと、
ナミやサンジでなくとも読み取れたろう、
素直で気のいいところが皆様からも愛されまくりの、
そりゃあ憎めぬ捕り方コンビなのであり。





で、親分のほうはといえば。
ちょろりと申し訳程度に結われたマゲの下、
トレードマークの麦ワラ帽子を小さな背中に提げ、
どこか乾いた印象の高い高い空の下、
広くご城下へ 刻ごとに鐘を撞いて時間を知らせる、
時告げの鐘楼を見上げておいで。
鐘の音が遠くまで鳴り響くようにと作られた、
随分な高さがある櫓の塔で、
大火事だの地震や大水だのという、
只ならぬ災事も報せる役目があるので、
捕り方とは別系統の役所が管理していて、常時誰かが詰めてもいる。
とはいえ、
明るくはあっても夏ほどではない、
むしろ心許ない青が広がる空を背景に
そこだけひょろりと伸びてそびえる櫓の影は、
冷たい風の中で何とも寂しげでならなくて。

 “…う〜ん。”

赤い格子柄の袷をまとった小さめの背中が、
さっきからずっと立ち止まっているが、
水辺近くのこの辺り、今時分には通りすがる人もないせいか、
特に気にする人もないままで。
いかにも寂寥感に満ちた風景に、
何やら感傷的になっておいでなのかなと思いきや、

 「どうしなすった、親分。」
 「うん。何かあれって
  銀嶺庵のかりんとうに似てるなぁって…。」

思ってさと、
掛けられたお声へ素直に応じた童顔が、
一拍ほど間を置いてから、

 「…っ。いやいやいや、あのその、
  サボってたワケじゃねぇし、
  腹が減ってたってワケでも……。」

 「まあまあ、堅いことは言わねぇで。」

わたわたと慌てつつ、
惚けていたことを誤魔化しかかったルフィ親分へ。
ほれと差し出されたのが、
ふわりと温かい気配と 何とも言えぬ 旨みののった匂いとで。
鼻先というほどのすぐ目の前に迫る 柔らかそうな塊の正体に、

 「…っ!」

あっと、一瞬で気づいた反射は さすがさすが素晴らしく。
もぎゅとこちらから かぶりついたは、

 「蒸しまんだぁvv」

やわらかな側生地に、
中へくるまれた ちょみっとの肉の風味と野菜の甘みとが
バランスよく合わさっていて。
あぐりと食いついたそのまま、両手で捕まえ、
ぱくぱくとあちこち齧りつき、
瞬く間に食べ尽くしたお元気ぶりは

 「あはは、やっぱり親分は そうでなくちゃあな。」

感傷的になってるなんて似合わぬし、
彼自身が口にしたように ただ惚けていただけだったようだと
こんな形で判ったことへ軽快に笑ったは、

 「あ、坊様じゃねぇか。」
 「へえ。お馴染みの ぼろんじでございますよ。」

からりと笑う豪気な表情も、短く刈った髪も、
すすけて擦り切れた装束もそのままだし、
それらに覆われた四肢の屈強そうな存在感にも変わりはなくて。

 「良かったぁ。」
 「はい?」

なぁんだと薄い肩をすとんと落とした年少の親分、
実をいや、先月の“のちの月見”の晩以降、
姿を見なんだので気にかけてもいた相手だからで。

 「何かお務めらしかったから、
  同心の旦那にも言ってねぇけどよ。
  時々怖いくらいの顔して、
  辻の陰でたまってる
  他所からの流れもんのごろつきを見てたじゃねぇか。」

 「おや…。」

確かにお務めには違いなかったが、
昼のうちの内偵もどき、
確かに真摯な心持ちで監視観察していたけれど、
それをこの幼い親分から、
そこまで把握し察知されていようとは思わなかった。

 「お務めってのは大仰ですよ。」
 「うんうん、判ってるって♪」

隠密様みてぇなもんで、内緒でやってることなんだろから、と。
そんな凄腕と内緒ごとを共有出来ているのが嬉しいか、
子供のようにわくわくと笑うルフィであり。

 “みてぇ、ってんじゃないんだがな。”

それこそ明かしてはならないことだけに、
旧知の武家から依頼されては、
彼らから使われてるような把握でいるらしい親分の、
そんな微妙な勘違い、歯痒くとも訂正も出来ずで。

 “まま、そのっくらいなら
  我慢ってほどでもないからマシか。”

まだありますぜと、
蒸しまんを幾つか詰めた紙袋、懐ろから取り出して、
寒くなりましたねぇなんて、世間話で誤魔化すお庭番殿。
あっけらかんと乾いた青空の遠く、
百舌鳥だろうか、きいきいと高い声で鳴いてる鳥の声がした、
そろそろ しまいの晩秋の昼下がりの一景でございます。




     〜Fine〜  14.11.09.


  *今年は秋めくのが早かったせいか、
   もう11月?という意外性は少ない気がします。
   クリスマス向けのイルミネーションだのケーキだのどころか
   カブの千枚漬けの仕込みだの、
   お歳暮だおせちだの予約の話を聞くと、
   押し迫って来たなぁという感はありますけどもね。


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